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タイでIT事業を立ち上げる前に知っておきたいこと——BOI・人材・進出形態

タイでIT事業を始める前に押さえたいBOI税制優遇、人材市場の構造、進出形態の選び方、バンコクと地方の違い、日本企業が見落としがちな5つのことを整理します。

タイのIT市場は、東南アジアの中でも独特のポジションにあります。シンガポールほどコストが高くなく、ベトナムほど製造業一辺倒でもない。デジタルインフラが整っていて、バンコクには英語で仕事ができるIT人材もいます。

でも、「タイ=安くて優秀なエンジニアが簡単に雇える」と思って行くと、現実とのギャップに苦しむことになります。この記事では、これからタイでIT事業を検討している日本企業が先に押さえておきたいことを、制度と市場の構造に沿って整理します。

タイのIT市場で今、何が起きているか

Thailand 4.0がもたらした変化

タイ政府は「Thailand 4.0」を掲げ、デジタル産業の育成を国の重点政策にしてきました。バンコクではGrab、LINE、Agodaといったサービスが日常のインフラになっていて、QRコード決済(PromptPay)も広く浸透しています。

伸びている3つの領域

注目されているのはFinTech、HealthTech、EdTechの3領域です。FinTechはモバイル決済やデジタルレンディング、HealthTechはタイが強い医療ツーリズムとの掛け合わせ、EdTechは都市と地方の教育格差を背景にしたオンライン教育が主な舞台です。いずれも規制当局のライセンスが絡みやすい領域なので、参入前の確認が欠かせません(後述)。

他のASEAN諸国との立ち位置の違い

東南アジアでIT事業を考えるとき、よく比較されるのがベトナム、インドネシア、フィリピンです。それぞれの特徴を整理しておきます。

比較項目 タイ ベトナム インドネシア フィリピン
英語力 中程度(バンコクは高め) 低〜中 低〜中 高い
デジタルインフラ 成熟 急速に整備中 島嶼部に課題 都市部は整備済み
人口(国内市場) 約7,200万人 約1億人 約2億8,000万人 約1億1,500万人
日系企業の集積度 非常に高い 高い 中程度 中程度

この表を見ると分かる通り、タイは「オフショア開発の安さ」で勝負する国ではありません。むしろ、デジタルインフラの成熟度と日系企業ネットワークの厚さが強みです。ベトナム・インドネシアとの比較はベトナム・タイ・インドネシア比較で詳しく書いています。

BOI優遇税制 — 使わない手はない

BOIとは何か

タイ進出でIT企業が最初に押さえるべきはBOI(投資委員会)の優遇制度です。

BOIはタイ政府が外国投資を誘致するための機関で、認可を受けた事業には法人税免除をはじめとした複数の優遇措置が適用されます。

優遇内容 条件 期間
法人税免除 ソフトウェア開発、デジタルサービスなど対象業種 業種・条件により最大8年
機械・設備の輸入税免除 BOI認可事業 認可内容による
外国人就労許可の取得支援 BOI認可企業 認可内容による
土地所有の許可 一定条件下 認可内容による

BOI申請のポイント — 「タイへの貢献」をどう書くか

BOI申請では、「タイの経済発展にどう貢献するか」を具体的に示せるかどうかで、認可の可否と優遇の範囲が変わります。

評価されやすい観点は以下の通りです。

  • タイ人従業員の雇用数と育成計画
  • 技術移転の具体的なプログラム内容
  • タイ国内のサプライチェーンへの貢献
  • R&D投資の金額と計画

申請書には「年間○○名のタイ人エンジニアを育成し、△△の技術トレーニングプログラムを実施する」というレベルの具体性が求められます。初めての申請なら、BOI申請の経験がある専門家に相談するのが安全です。

EEC(東部経済回廊)の追加優遇

EECはチョンブリ県、ラヨーン県、チャチューンサオ県の3県に設定された経済特区です。BOI優遇に加えて、EEC独自の優遇が積み上がります。

  • 法人税免除期間のさらなる延長(最大15年)
  • 対象となる専門人材の個人所得税の軽減(上限17%)
  • 長期ビザの発給
  • 土地のリース期間延長(最大99年)

ただし、EEC地域はバンコクから車で2〜3時間。IT企業にとってバンコクから離れることのデメリット(人材採用の難しさ、顧客との距離)も考慮する必要があります。

人材の話 — 量はある、質は期待しすぎるな

タイのIT人材プール

タイのIT人材市場は、バンコクに人材が集中しています。給与水準はポジションと経験年数で大きく変わり、日本と比べて安いのはジュニア〜中堅層が中心です。シニア層やAI/MLの専門人材になると、日本との差は小さくなります。具体的な水準は、現地の人材会社が毎年公開している給与ガイドで、職種・経験年数を揃えて確認してください。

人材獲得競争の実態

シニアエンジニアの獲得競争は熾烈です。Agoda、Grab、LINEといった外資テック企業が上位人材を採用していて、日系企業が同じ土俵で戦うのは簡単ではありません。特にAI/ML分野の人材は不足しています。

さらに、外資テック企業はストックオプションやリモートワーク、フレックス制度など、日系企業が苦手とする条件で差をつけてきます。「給与で勝てないなら、何で勝つか」を真剣に考える必要があります。

離職を前提にしたチーム設計

転職によるキャリアアップが一般的な市場では、日本の感覚で「3年かけて育てて、5年目から戦力」と考えていると計画が破綻します。離職を前提としたチーム設計と、ナレッジの属人化を防ぐ仕組みづくりが必要です。

採用戦略 — ジュニアを自社で育てる

シニアの獲得競争を避ける選択肢のひとつが、ジュニアを採用して自社で育てるモデルです。育成プログラムと明確なキャリアパスをセットで示すことが、定着の前提になります。

具体的には:

  • 入社後の構造化されたオンボーディング
  • 定期的なスキル評価とフィードバック
  • 市場の昇給ペースに合わせた昇給レビュー
  • 社内勉強会やカンファレンス参加費の補助

進出形態 — いきなり法人をつくる必要はない

選択肢を比較する

製造業と違って、IT企業は進出の選択肢が多い。いきなりフルコミットする必要はありません。

進出形態 税制優遇 できること リスク 向いている段階
EOR(Employer of Record=現地の雇用代行) なし 少人数の雇用 低 市場調査・初期テスト
駐在員事務所 なし 情報収集・連絡業務のみ(営業活動は不可) 低 情報収集のみ
現地法人設立(BOI認可) 業種により最大8年免税 本格的な事業運営 中 本格展開
合弁会社(JV) BOI申請可 現地パートナーとの事業運営 中〜高 現地パートナー必要時

段階的に進める方法

段階的に進めるなら、たとえば次のような順序が考えられます。

Phase 1: EORを使ってタイ人エンジニアを少人数雇用し、プロダクトのタイ対応をテストする。法人設立はしない。

Phase 2: テストの手応えがあれば、BOI申請の準備を始める。並行して法人設立手続きを進める。

Phase 3: 法人を設立し、BOI認可を取得。本格的にチームを拡大する。

このやり方なら、Phase 1で「タイは違った」と分かったときの損失を小さくできます。いきなり法人を立てて撤退するよりダメージが小さい。

コストだけで比べない — タイの強みはどこにあるか

法人設立、BOI申請、オフィス、人件費、会計・税務、ビザ・ワークパーミットと、初年度に必要な費目は多岐にわたります。金額は人数・オフィス規模・BOIの有無で大きく変わるので、候補の専門家から複数の見積もりを取って比べてください。

そのうえで正直に言うと、「人件費の安さ」だけで比較するなら、ベトナムなどの方が安くなります。タイの強みはコストではなく、デジタルインフラの成熟度、日系企業ネットワーク、バンコクという国際都市の利便性です。

オフショア開発拠点として「安い労働力」を求めるなら、タイは最適解ではありません。タイ市場そのものを攻める、あるいはASEANのハブとしてタイを使う。そういう視座がないと、もっとコストの安い国に負けます。

バンコク vs 地方 — 拠点の選び方

バンコク一択ではない理由

IT企業はバンコクに集中しがちですが、チェンマイも選択肢になります。

比較項目 バンコク チェンマイ EEC地域
オフィス賃料 高い バンコクより低い バンコクより低い
IT人材の層 厚い 薄い 非常に薄い
生活コスト 高い 低い 中程度
顧客へのアクセス 最も良い 限定的 製造業には近い
税制優遇 標準 標準 BOI+EEC追加優遇

チェンマイにはデジタルノマドのコミュニティがあり、国際色のあるIT人材が集まっています。

ただし、営業活動のメインはバンコクになるので、最初はバンコクで始めて、開発チームの一部をチェンマイに移す、というハイブリッドモデルが現実的です。

タイ進出で日本企業が見落としがちな5つのこと

1. タイ語対応は「あると嬉しい」ではなく「必須」

BtoB SaaSでも、実際の利用者(現場スタッフ)はタイ語で業務をしていることが多い。英語UIだけでは現場に浸透しません。

2. 意思決定の構造が違う

タイの企業はトップダウンの傾向が強いと言われます。オーナー社長や役員への直接アプローチが効果的で、現場からのボトムアップ導入は時間がかかります。

3. 「面子」の文化を侮らない

タイには「クレンチャイ」(相手に気を遣って本音を言わない)という文化があります。デモで「いいですね」と言われても、それが本当の評価とは限らない。フィードバックの取り方に工夫が必要です。

4. 支払い条件を契約前に確認する

支払いサイトは取引先や業界の慣行で変わります。日本の30日サイクルを前提にせず、契約前に支払い条件を確認し、キャッシュフロー計画に織り込んでください。

5. ライセンスと規制の確認

特にFinTech、HealthTech領域はタイ独自のライセンスが必要な場合があります。Bank of Thailand(中央銀行)やFDA(食品医薬品局)の規制を事前に確認しないと、ローンチ直前で止まることもあります。

チャイナプラスワンの文脈でタイを見る

中国リスクの分散先としてタイを検討する企業もあります。製造業のイメージが強いですが、IT企業にとっても「チャイナプラスワン」は意味があります。

中国市場向けに開発していたプロダクトを、ASEAN向けにピボットする拠点としてタイを選ぶ。あるいは、中国に置いていた開発チームの一部をタイに移す。こうした使い方が考えられます。

BPOの活用 — 全部自前でやらない

タイに進出するとき、バックオフィス業務(経理、HR、法務)をすべて自前で構築しようとすると、初期段階では非効率になりがちです。

タイにはBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング=業務の外部委託)の選択肢があります。特に経理・税務・給与計算は、現地の専門会社に任せる方法も検討してください。

まとめ — タイで勝つための3つの条件

タイはBOI税制優遇、デジタルインフラの成熟、バンコクへのアクセスの良さという点で、IT企業の東南アジア進出には良い選択肢です。ただし「人件費が安いからオフショア開発拠点にしよう」という発想だと、もっとコストの安い国に負ける。

タイで勝つ条件は3つ。

  1. タイ市場そのものを攻める覚悟があること。 日本のプロダクトの「翻訳版」ではなく、タイの課題を解くプロダクトをつくる。
  2. 段階的にリスクを取ること。 EOR → PoC(概念実証) → 法人設立という段階を踏む。いきなりフルコミットしない。
  3. 人材を「コスト」ではなく「投資」として扱うこと。 ジュニアを育てて、キャリアパスを提示して、定着させる。

よくある質問(FAQ)

Q. タイでIT法人を設立するのに最低いくらかかりますか?

資本金の要件は、外国人事業法の対象かどうか、BOI認可を取るかどうかで変わります。設立費用・オフィス・人件費を含めた初期費用も人数や規模次第なので、専門家から複数の見積もりを取ってください。EOR(Employer of Record)を使えば、法人を設立せずに少人数のチームから始めることもできます。

Q. BOIの法人税免除は本当に8年間ですか?

対象業種と条件によって最大8年間の法人税免除が適用されます。申請内容によって期間は変わり、EEC地域ではさらに延長される場合もあります。申請書の書き方で優遇範囲が変わるので、BOI申請の経験がある専門家に相談するのが安全です。

Q. タイのITエンジニアの離職率が高いと聞きました。対策はありますか?

離職を前提にしたチーム設計が基本です。そのうえで、ジュニアを採用して自社で育てるモデルが選択肢になります。構造化されたオンボーディング、定期的なスキル評価、市場に合わせた昇給レビュー、カンファレンス参加費の補助などを組み合わせて、定着の理由をつくってください。

Q. バンコク以外にIT企業が進出するメリットはありますか?

チェンマイはオフィス賃料や生活コストがバンコクより低く、デジタルノマドコミュニティの影響で国際色のあるIT人材が集まっています。EEC地域はBOIに加えて追加の税制優遇がありますが、IT人材の確保が難しいのが課題です。

Q. 日本で成功したSaaSをそのままタイに持ち込めますか?

UIの翻訳だけでは不十分です。タイの商慣習、法制度、ワークフローに合わせたローカライズが必要です。特に人事・会計・法務系SaaSは、タイ固有の制度(退職金計算、社会保険、税務申告)に対応する必要があり、プロダクト設計レベルでの変更が求められます。

Q. タイ進出に使える日本の補助金はありますか?

JETROや中小企業庁、各都道府県の産業振興機関が海外展開の支援制度を設けている場合があります。内容は年度ごとに変わるので、検討時点の公募情報を確認してください。

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よくある質問

タイでIT法人を設立するのに最低いくらかかりますか?

資本金の要件は、外国人事業法の対象かどうか、BOI認可を取るかどうかで変わります。設立費用・オフィス・人件費を含めた初期費用も人数や規模次第なので、専門家から複数の見積もりを取ってください。EOR(Employer of Record)を使えば、法人を設立せずに少人数のチームから始めることもできます。

BOIの法人税免除は本当に8年間ですか?

対象業種と条件によって最大8年間の法人税免除が適用されます。申請内容によって期間は変わり、EEC地域ではさらに延長される場合もあります。申請書の書き方で優遇範囲が変わるので、BOI申請の経験がある専門家に相談するのが安全です。

タイのITエンジニアの離職率が高いと聞きました。対策はありますか?

離職を前提にしたチーム設計が基本です。そのうえで、ジュニアを採用して自社で育てるモデルが選択肢になります。構造化されたオンボーディング、定期的なスキル評価、市場に合わせた昇給レビュー、カンファレンス参加費の補助などを組み合わせて、定着の理由をつくってください。

バンコク以外にIT企業が進出するメリットはありますか?

チェンマイはオフィス賃料や生活コストがバンコクより低く、デジタルノマドコミュニティの影響で国際色のあるIT人材が集まっています。EEC地域はBOIに加えて追加の税制優遇がありますが、IT人材の確保が難しいのが課題です。

日本で成功したSaaSをそのままタイに持ち込めますか?

UIの翻訳だけでは不十分です。タイの商慣習、法制度、ワークフローに合わせたローカライズが必要です。特に人事・会計・法務系SaaSは、タイ固有の制度(退職金計算、社会保険、税務申告)に対応する必要があり、プロダクト設計レベルでの変更が求められます。

タイ進出に使える日本の補助金はありますか?

JETROや中小企業庁、各都道府県の産業振興機関が海外展開の支援制度を設けている場合があります。内容は年度ごとに変わるので、検討時点の公募情報を確認してください。

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